#長崎県

茂木街道をゆく—「ライオンの塔」

いよいよピントコ坂を本格的に上って行きます。
旧鶴鳴女子高校を右に見て、しばらく上っていくと・・・

 

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爺(じじ)石です。写真右にある大きな石がそうです。
この上のほうに、譲(ばば)石もあったそうですが、砕かれてしまってその面影はないとか。

 

ここは、小さい頃、写真の左手に、子供が隠れるくらいの祠をもつ、大きなクスの木があって、夏休みにはいつも「じゃごろ(クマゼミ)」をとって遊んでいました。
残念なことに、いつの頃か雷にうたれて折れてしまい、跡形も無く撤去されてしまいました。

 

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この道も、すっかりきれいに舗装されてしまいました。昔は石段のゴツゴツした道だったんですけどね。

 

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しばらく上ると、昔そのままの草薮がまだ残ってました。
奥に塔が見えますね。これが茂木道無縁塔、通称「ライオンの塔」です。

 

正徳2年(1712)天然痘が流行し3千余人の患者が出ました。
その時の死者(主に子供)を供養し、併せて長崎の平安を祈念して、この茂木街道に建てられのです。

 

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正面は釈迦仏と崇福寺三代住職 大衡の詩文、右麺は観音仏、裏面には地蔵仏と大衡の書、
さらに正面向かって左(写真では右面)は阿弥陀如来崇福寺五代住職 義勝の書が
それぞれ刻まれています。

 

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そして、これが台座の礎石に刻まれている「ライオンの像」です。
日本の仏教美術には唐獅子が多いですが、ライオンを表現したのは稀で石像美術として、
長崎の彫刻史上特筆されるべきものだそうです。

 

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ここから長崎市街が望めます。
昔、この街道を利用した人たちは、このライオンの塔のそばで一服し、
眼下に広がる長崎の街を鋭気として、これからの上り坂に備えたのかも知れません。

 

今では、「さるく」のコースにも入っていませんが、
この街道が、それなりの要衝であったことが窺える史跡だと思います。
次回へつづく・・・。
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