#大分県

豊後森 機関庫

先日、くじゅうへ朝駆けした際に、
いつものように、玖珠の「味楽」でからあげを買って帰る際、道を間違ってJR沿いの通りに出た。

しばらく走ると、右手に妙な構造物があるのに気づいたので、
クルマを停めて近づいてみると、以前、産業遺構を調べて際に見つけた「機関庫」だった。

大分にあるのは知ってたが、豊後森駅だとは、つゆ知らず。

あわててクルマに戻り、カメラを携えて敷地内に入ってみました。
イメージ 1

関連記事で検索してみると、ここは、

 「旧国鉄久大線を走る蒸気機関車(SL)の点検、格納庫として1934年に完成。」
イメージ 2
(当時の写真です)

 「鉄筋コンクリート造りで、SLの向きを変える円形の転車台を中心に扇を広げた形をしており、
 当時最高の技術を用いて建築された。」

とあります。

イメージ 3

また、

 「車庫は久大線が全線開通とともに業務を始め、広さは1734平方メートル。
  最盛期の23年には蒸気機関車25両の修理が行われ、250人の職員がいた。
  機関車は60―70キロごとに石炭や水の補給基地が必要で、
  久大線では豊後森が補給基地の機関区に選ばれた。」

イメージ 4

「戦時中は軍事輸送の拠点となったため、米軍の攻撃目標にされ、壁面には機銃掃射の弾痕が

  今も残っている。」

とあります。
イメージ 5

原形のまま残る機関庫としては九州唯一、全国的にも14年に造られた京都の梅小路機関庫と
ここのみだそうです。

イメージ 6

 「2009年に「旧豊後森機関区の関連遺産」として扇型機関庫、そして
  転車台が有志の保存活動、署名運動の末、近代化産業遺産に認定された。」
 

しかし、こういう公園として保存され「近代産業遺産に認定」されるまでは、さぞや苦闘の連続だった
のでは、とその有志の方々の苦労が偲ばれます。

モノは違うけど、伊万里の「川南造船所跡」は、どうして遺せなかったかなあ・・・
.

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