屋久島遠征記、
あれだけ連載しといて、まだ書くんかい(-.-)
という声が聞こえてきそうですが、最後、「これだけは言っときたい!」
という内容をもう少し書かせてね(^_-)-☆
【登山道の整備】
荒川、もしくは白谷からのハイキングコース(あえて登山道とは言いませんw)は、入山客数が
半端じゃなく、また登山経験がない人も歩きやすい様に、そして何より、自然へのダメージを考慮
して、きれいな木道がいたるところに整備されていました。
でも、これだけではなく、淀川からの登山道においても、整備が行き届いてるというか、とても
「親切」だったのです。
どういうことかというと、登山の基本は、なるべく大きな段差を大股で歩くのではなく、できるだけ
段差を最小限にとどめ、疲労をおさえる歩き方が基本。
で、ここの登山道は、絶妙の間隔で自然石が配置してあるのです。
ですから、歩きに関するストレスはほぼ皆無。
くじゅうの方が、余程歩きにくいぐらいです。
奥深い山々の至る所で、それを感じたことは、それだけ地元の方々が、一方ならぬ労力を費やさ
れた結果だと、本当に感謝の念に堪えませんでしたm(__)m
【屋久島の人が優しい】
「田舎」と言ってしまえば、それまでですが、 とにかく人が優しい!
宿の方もそうでした。
お土産屋さんの店員さんもそうでした。
そして、我々を送迎してくれた「安房タクシー」の運転手Eさん!
多分、今回の遠征が楽しかったことの半分はこのEさんの人柄にあったと思います。
二日目、下山後、タクシーに乗るなり(一日目と同じ運転手さんでした!)、前夜から
飲みたかったコーラを売ってる店に連れて行ってくださいとお願いしたのですが、
返ってきた返事は、「どうせなら、ビールにされたら?」
Eさんは業務中。
大変憚られたのですが、そのお心遣いに甘えてしまいました!
このビールの味は、一生わすれないでしょうね(^_^)
【世界遺産としての屋久島】
このEさんとの会話の中で、
私は
「世界遺産に登録されて、なにが一番変わりましたか?」と尋ねたのですが
返ってきた答えは、私の予想だにしなかったこと。
それは、
「世界遺産になったことで、開発禁止区域が拡大されたこと。それによって、職を失った、建設業者が軒並み
倒産もしくは廃業したこと」
でした。
確かに、「観光」と言う意味では、それなりの潤いはあるのかもしれませんが、その陰には、こういう悲劇も
隠されているのです。
【MVP】
そして、最後に、今回の遠征が成功したことの最大要因、
そう、
それは、MVPとでも呼ぶべき、カミさんの頑張りでした!
今回の遠征の最大の難関は、「カミさんが無事最後まで歩けるか」、でしたが、
「宝満山を制する者は、屋久島を制す」の合言葉の元、夏場の低山トレに耐え抜いたカミさんは
完全に、私takeppeを凌駕しておりました(^_^;
なんたって、二日目の朝、
あれだけの登りを経て 「足はどーもない」と言ってのけたのですから・・・w

わたしがMVPよっ!
皆様、ご清聴ありがとうございましたm(__)m
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